院長あいさつ

院長あいさつ

おがた歯科クリニックのホームページにご来訪いただき、誠にありがとうございます。
初めまして。院長の緒方憲一郎です。

当院は「Friendly & Professional」を合言葉に、プロフェッショナルとして常に最高の歯科医療をご提供すると共に、患者さまに「また来たい」と思ってもらえるような笑顔あふれるクリニックづくりを目指しています。

初めての歯科医院は敷居が高いものです。この場を借りて私の自己紹介をさせていただくことで、少しでも身近に感じてもらえたらと思います。ちょっと恥ずかしいようなエピソードもありますが、どうぞお付き合いください!

「おがブー」と呼ばれた子ども時代

実は運動不足で肥満体型でした
「緒方先生っていつも元気いっぱいですね!そのパワーはどこから来るのですか?」とよく言われます。でも小さい頃は、外で遊ぶより家の中で本を読むのが好きな子どもでした。なぜなら、ウチの親はとにかく本だけはよく買ってくれたからです。

私はそれでも飽き足らず、足繁く図書館に通い、たくさんの本を借り漁っていました。そのせいか、子どもの頃は運動不足で肥満体型でした。なんと友だちから「おがブー」なんてあだ名で呼ばれていたんですよ(今でも油断するとすぐ太ってしまいます)。

小学校時代に「僕の体重」というテーマで研究発表をしたことさえあるんです。学校だけでなく、市の発表会に参加させていただいた覚えがあります。自分の体重管理(今で言うダイエット法)の研究だったと思いますが、本人は発表できること自体は嬉しかったのですが、内容が内容だけにとても恥ずかしかったのをよく覚えています。

あまり取り柄はなかった普通の子どもだったのですが、手先は人並み以上に器用だったように思います。ある日図工の時間、彫像か何かのスケッチをして、その日の学級日誌に「おがブーのスケッチは先生よりうまかった!」と書いてもらったこともあります。

気づいたらあの頃の父と同じように
父親は、電力会社でごく普通のサラリーマンをしていました。とても真面目な父親で、仕事が終わったらまっすぐ家に帰ってくる、今でいうところの「マイホームパパ」でした。ですから、あまり父親の酔っ払った姿を見たことはありません。家族のことを大事に考えてくれていたと思います。

あまりしゃべらない、物静かな父でした。私は父が高校時代にスポーツで活躍した新聞の切り抜きを見つけ、それをずいぶん誇りに思って大事にしていたことをいまだに鮮明に覚えています。

でもその反面、私は子ども心に「大人になったら、成功してもっと派手な生活をするぞ!」と考えていたような気がします。ところが、やはり血は争えないもので、私も仕事が終わったらまっすぐ家に帰るという生活を続けています。

税理士さんにいつも「研修費はえらい多いのに、交際費が少ないですね~」と言われています。実は心の中では交際費をたくさん使える社交的な性格に憧れているのですが、カエルの子はやはりカエルなんでしょうか?

親からの洗脳?で医師を目指す
親からはいつも「おまえは医者になれ~、医者になれ~」と念仏のように言われ続けていました。母親の弟が内科医で成功しているのを見ていたからだろうと思います。

それは私の潜在意識の中に完全にインプットされていて、ほかの職業に就くことは考えられませんでした。医者にはなれませんでしたが、歯科医師になれて良かった、歯科医師は天職だと思っています。

部活動に青春を燃やした思春期

熱血!?吹奏楽部
中学時代(あの星野仙一監督の後輩です)は吹奏楽部に入ってトランペットを吹いていました。当時は自分なりにかなりはまっていて、練習も1日も休まず頑張っていました。

ところが、ほかの部員は私ほど熱血(多分はた迷惑だったと思います)ではなかったみたいで、吹奏楽コンクールのあとなど誰も練習に来ないんですね。ある日1人で寂しく練習していると顧問の先生がやって来て「緒方君は本当にこの部が好きなんじゃな~」とおっしゃったことがありました。不覚にも思わず涙が出そうでした。

今の基礎を築いてくれたバスケ部
高校時代はなぜか「体育会系に入ろう!」と思い、バスケットボール部に入部しました。ところが練習がかなりキツく、運動神経が決して良いとは言えない私はついていくのが精一杯でした。根が真面目なので練習を休んだことはほとんどありませんでしたが、なかなかレギュラーにはなれませんでした。

ですから試合ではベンチを暖めることが多かったのですが、試合中は一生懸命声を出すよう頑張っていました(でもちょっぴり寂しかったです)。ただこのときの猛練習のおかげで現在の体力の基礎ができ、今元気いっぱい頑張れるのもそのおかげだと感謝しています。

歯科医師のタマゴ時代

トラウマになった教養時代の追試経験院長あいさつ
私は不謹慎にも「大学に入ったら遊びまくるぞ~」と思っていました。それまで学校と家の往復だけの生活だったので、青春を謳歌したい!と思っていたのでしょう。しかし現実は、ごく普通のよくある大学生活でした。

ただ、教養時代は授業をよくサボりました。サボるのがかっこいいと思っていたのかもしれません。おかげで単位を落としそうになった科目があり、必死で追試をお願いに行った記憶があります。追試の勉強は大学受験より必死にやりました。いまだにそのときのことが夢に出てくることがあります(笑)。

あわや留年の危機を根性でカバー
歯学部の専門課程はまるで専門学校のような過密なスケジュールで、とてもサボれるようなものではありませんでした。しかし、無難にカリキュラムをこなすというだけで、取り立てて熱心な学生ではありませんでした。

そのバチが当たったのか、6年生の臨床実習の途中でアキレス腱を切り、あわや留年という事態になったことがあります。なんとギプスをしたまま松葉杖をついて診療することで、留年を回避することができました。

ただ、患者さまは皆本当にびっくりしていました。「どっちが患者かわからないですね~」と冗談を言ったりもしましたが、私としては必死でした。ただ、患者さまの目が「この先生大丈夫かな~」と言っているようで、冷や汗モノでした。

総合大学病院時代のこと

理想と現実のはざまで苦悩する日々院長あいさつ
その後、2か所の総合病院の歯科に勤務しました。総合病院では他科との連携もやりやすく、現在のおがた歯科クリニックのライフワークである「歯科の立場から全身の健康をつくる」というテーマのベースづくりの出発点としては最適な環境でした。

しかしその反面、総合病院では歯科は不採算部門で、新しいことを勉強してきても予算の関係で実践できないといったことが日常茶飯事でした。「エラそうに医科と歯科の架け橋になるなんて言ってるけど、全然だめじゃん!」と自問自答する毎日が続きました。

「自分の考えている診療を患者さまに十分提供したい!」「勉強したことがダイレクトに生かせる環境をつくりたい!」という気持ちが日に日に高まってくるのを感じていました。

そして、おがた歯科クリニックを開業

豊かな人生を提供するクリニックを目指します!院長あいさつ
そこで、そのような環境を自ら作るため、平成9年、地元の倉敷におがた歯科クリニックを開業しました。開業時の基本コンセプトは、

●あなたのホームドクターになって健康をつくるお手伝いをしたい!
●コミュニケーションを大切にしたい!
●常に最新の治療を提供したい!
●リラックスできる怖くない歯科医院を創りたい!
●安全な歯科医院を創りたい!

というものでした。最近ではこれらに加えて、

●定期的にお口のケアを受けるライフスタイルを提供したい!
●歯科の立場から全身の健康をつくりたい!
●ワクワクするような愛と感動のホスピタリティ(おもてなし)を実現したい!

を掲げて皆さまのトータルヘルスプロモーターとなれるよう取り組んでいます。

まだまだ発展途上の医院ですが、皆さまにお口の健康をとおして豊かな人生を提供するべく、日々研鑽に励む毎日です。私たちはそれを望んでくださる意識の高い方々と共に歩んでいきたいと考えています。

院長経歴

院長あいさつ【略歴】 S62.3 岡山大学歯学部卒業、第一口腔外科入局 S62.5~63.5 医学部麻酔科/ICUにて臨床研修 H3.3 岡山大学大学院歯学科研究科修了(歯学博士) H3.4~ 岡山大学助手 H4.1~ 川鉄水島病院歯科長 H7.1~ 新居浜十全総合病院歯科口腔外科部長 H9.5 おがた歯科クリニック開業

【所属学会・研究会】
南カリフォルニア大学(USC)客員研究員・アンバサダー
JAID(Japanese Academy for International Dentistry) 常務理事(学術)
ICOI(国際インプラント学会)認定医・指導医
ICOI近畿中国四国エリア支部・エリア支部長
Osseointegration Study Club of Japan(OJ)会員
ISO(International society of osseointegration)会員
日本口腔インプラント学会会員
岡山歯学会評議員

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おがた歯科クリニック〒710-0831 岡山県倉敷市田ノ上938-3 TEL:086-430-0633

診療科目:歯科 小児歯科 矯正歯科 小児矯正 歯列育成 入れ歯 審美歯科 オーラルセラミック ホワイトニング デンタルエステ
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